人が足りない。それでも制作チームはつくれるか?
三崎高校の高校生たちと、AIと一緒に、
地域の人の話を聞き、ラジオ番組をつくる
プロジェクトです
みさこう映像研 / 先っぽラジオ
発端
「地域のおもろい人と話してみたい」
「地域には面白い人がたくさんいる。
その人たちの話を、高校生が聞いて、
番組を作りたい」
そんな一言が始まりでした。
でも、制作会社があるわけじゃない。
じゃぁ、どする?
AIと一緒にやってみよう。
このプロジェクトでやったこと
- AIで調査原稿作成
- 高校生がインタビュー
- 文字起こし・構成
- 映像の自動切り出し
- 編集してラジオ番組を公開
地域の人の話は面白い
CHAPTER 01
誰に、何を聞く?
01-1
インタビューは、質問を考える前から始まっている。
高校生たちと、
「どんな人の話を聞いてみたい?」
と考えるところから始まる。
有名な人である必要はない。
三崎で何かを続けている人。
ちょっと変わったことをしている人。
高校生が普段の生活では、なかなか話す機会のない人。
まず人間側に「この人の話を聞いてみたい」という興味がある。
そこから、具体的なゲストを探していく。
01-2
「三崎博士」みたいな人がいる。
元小・中学校の先生。
三崎での勤務をきっかけにこの地域と関わり、その後も三崎に住み続けている。
でも、山根先生がおもしろいのは、元教師だからではない。
山を歩く。
古地図を見る。
今では使われなくなった道を探す。
山の中に残る古道や、戦争時代の砲台跡などの戦争遺跡を訪ねる。
そして、自分の目で見たものを写真や文章にして残してきた。
ホームページ「伍助」での発信は20年以上になる。
高校生から見れば、いわば「三崎博士」。
でも、僕らが聞きたかったのは歴史の授業ではなかった。
なぜ、この人はそこまで三崎を歩き続けるんだろう?
そこがおもしろかった。
01-3
まず、チャッピーと山根先生を調べる。
山根先生はどんな人なのか。
何をしてきたのか。
どんなことに興味を持っているのか。
過去にどんな情報を発信しているのか。
材料を集めながら、
「この人の何を高校生に聞いてもらったら、おもしろいだろう?」
を考える。
ここでAIはかなり役に立つ。
大量の情報を整理して、人物像をまとめ、そこから質問候補を作るのは速い。
山根先生の時も、
「三崎へ来たきっかけは?」
「退職後も三崎に住もうと思ったのはなぜ?」
「古地図を見ながら歩いて、一番驚いた発見は?」
「どうして歴史や戦争遺跡を記録している?」
「20年以上ホームページを続けられる原動力は?」
「高校生に残してほしいものは?」
といった質問の材料が出てきた。
ここまでなら、チャッピーはかなり優秀だ。
問題はここからだった。
01-4
質問として正しくても、インタビューとして面白いとは限らない。
情報も整理されている。
聞くべきことも押さえている。
でも、そのまま高校生に渡せばいいかというと、そうではない。
たとえば、
「地域の歴史を記録する意義について教えてください」
と言われるのと、
「なんで、そんな誰も歩かんような道を探しに行くんですか?」
と高校生に聞かれるのでは、出てくる答えが違う。
知りたい内容は似ていても、会話としてはまったく違う。
先っぽラジオで必要なのは、立派な質問集ではない。
高校生が実際に口にできる質問。
そして、
山根先生が思わず続きを話したくなる質問。
だから、チャッピーが作ったものを一度僕が見る。
言葉を直す。
順番を変える。
似た質問をまとめる。
逆に、もっと聞いた方がよさそうなところを足す。
それを高校生へ渡す。
高校生が見て、
「これ聞いてみたい」
「これはちょっと聞きにくい」
となれば、また直す。
AIが一度作って終わりではない。
01-5
「三崎の歴史に詳しい人」から、「なぜ歩き続ける人なのか」へ。
「三崎の歴史に詳しい元教師」
という人物像だった。
もちろん、それも間違ってはいない。
でも調べていくと、もっとおもしろい部分が見えてきた。
山根先生は、資料を読んで地域を研究しているだけではない。
実際に歩く。
自分の目で見る。
写真を撮る。
記録する。
そして、それを残す。
30年以上、三崎を歩いてきた人だった。
だったら聞きたいのは、
「三崎の歴史を教えてください」
だけではない。
「なんで、そこまで自分で見に行くんですか?」
こっちの方が、その人自身の話になる。
AIで情報を集めることによって、質問が増えたのではない。
その人のどこを聞けばおもしろいのかが、少しずつ見えてきた。
ここが大きかった。
01-6
AIが初稿を作る。でも、そこで完成にはしない。
人物について調べる。
情報を整理する。
質問候補を出す。
インタビュー原稿の初稿を作る。
でも、ゲストを決めたのは人間だ。
「この人のここがおもしろい」と判断したのも人間。
質問を高校生が実際に使える言葉へ戻すのも人間。
そして最後に、
「これを本人に聞いてみたい」
と決めるのは高校生だ。
だから、AIが質問原稿を書いたからといって、インタビューの準備が自動化されたわけではない。
むしろ逆だった。
AIが初稿をすぐ作れるようになったことで、人間は、
「この質問、本当に聞きたいか?」
を考える時間を持てるようになった。
これが、先っぽラジオで最初に起きた仕事の変化だった。
01-7
そして、現場へ。
人物についても調べた。
聞きたいことも決まった。
これなら準備万端。
……のはずだった。
でも実際に山根先生を前にすると、原稿には書いていない話が出てくる。
その時、高校生はどうするのか。
チャッピーの作った質問を、そのまま順番に読むのか。
それとも、目の前の人の話を聞くのか。
次のCHAPTERは、「準備はAI。でも、話すのは人間。」。
これや、自分で作ったやろ
CHAPTER 02
準備はAI。でも、話すのは人間。
02-1
原稿はできた。じゃあ、あとは読めばいい?
聞きたいことを整理した。
チャッピーがインタビュー原稿の初稿を作り、僕が直し、高校生にも見てもらった。
準備はできた。
あとはカメラを回して、原稿に書いてある質問を上から順番に聞けばいい。
……だったら、たぶんこの企画はそんなにおもしろくない。
先っぽラジオでやりたいのは、質問に対する「正しい答え」を集めることではない。
目の前にいる人と、高校生が話すこと。
ここから先は、チャッピーにはできない仕事になる。
02-2
カメラが回ったら、主役は高校生。
僕も現場にはいる。
カメラも回す。
何かあればフォローもする。
でも、山根先生と向き合って質問するのは高校生。
チャッピーが作った原稿を、高校生の代わりに僕が読むわけではない。
もちろん、チャッピーも喋らない。
準備段階では、
「三崎へ来たきっかけは?」
「なぜ三崎に残ろうと思った?」
「なぜ古い道を歩くのか?」
「歩いてみて初めて分かったことは?」
「なぜ地域の記録を残し続けるのか?」
いろいろな質問を用意している。
でも、原稿はあくまで地図だ。
インタビューそのものではない。
02-3
人の話には、「続き」がある。
一つの話から、別の話が出てくる。
昔の記憶が出てくる。
その人が急に楽しそうになる話題もある。
逆に、こちらが重要だと思って準備していた質問が、意外と短く終わることもある。
そんな時に大事なのは、次の質問を探して原稿へ目を落とすことではない。
目の前の人を見ることだ。
「今の話、もうちょっと聞きたい。」
そう思ったら聞く。
「それ、どういうことですか?」
「なんでそう思ったんですか?」
「その時、どうだったんですか?」
インタビューのおもしろいところは、たぶんそこにある。
事前には存在しなかった質問が、その場で生まれる。
02-4
AIには、相手の顔が見えていない。
公開されている情報を整理できる。
質問も考えられる。
「この答えが返ってきたら、こんな深掘りができます」
という候補まで準備することもできる。
でも、収録中の山根先生の顔は見ていない。
その質問をした時に少し考え込んだのか。
急に声が大きくなったのか。
楽しそうに笑ったのか。
「あ、この話まだ続きそうやな」
という空気までは分からない。
そこにいる高校生には分かる。
少なくとも、感じることはできる。
だから現場では、AIが用意した原稿よりも、
目の前にいる人の反応の方が優先される。
02-5
原稿から外れることは、失敗じゃない。
でもインタビューでは逆だと思っている。
原稿にない話が出た。
予定していなかった質問をした。
そこから話が広がった。
それは、準備が無駄になったということではない。
準備したから、外れることができる。
相手がどんな人なのか。
何をしてきたのか。
最低限の背景を知っている。
聞きたい軸も決まっている。
だから少しくらい道を外れても、
「今、どこを歩いているのか」
が分かる。
何も準備せずに自由に話すのとは違う。
原稿に縛られずに話せるように、原稿を作っておく。
少し矛盾しているようだけど、先っぽラジオではこの感覚がかなり大事になっている。
02-6
タカシの仕事も、質問することではない。
僕が全部調べて、僕が質問を作って、僕がインタビューする。
それなら話は早い。
でも、それでは「高校生のラジオ」にならない。
だから僕がやるのは、高校生の代わりに喋ることではない。
事前にチャッピーと材料を集める。
質問の形を作る。
高校生が使えるところまで整える。
現場へ持っていく。
そしてカメラが回ったら、一歩後ろへ下がる。
必要なら助ける。
でも、できるだけ高校生に任せる。
ここでも仕事を全部自分でやるのではなく、
誰がやった方がおもしろくなるかを決める。
それが僕の仕事になった。
02-7
AIが入ったから、人間の仕事が減った?
人物調査もする。
質問原稿も作る。
この後は文字起こしもする。
ラジオ原稿も作る。
映像制作にも入ってくる。
かなりの工程にAIがいる。
でも、不思議なことに、
一番大事なところほど、人間の仕事が残った。
誰と話したいのか。
何がおもしろいと思ったのか。
今の話をもう少し聞きたいと思ったのか。
相手の言葉をどう受け取ったのか。
そこはAIに置き換わっていない。
むしろ準備をAIと分担できるようになったことで、高校生は目の前の人と話すことに集中できる。
AIに人間の仕事をやらせた、というより、
人間がやるべき仕事を、はっきりさせた。
僕には、そっちの方が近い。
02-8
そして、収録が終わる。
カメラには、たくさんの話が残っている。
いい話も聞けた。
高校生も頑張った。
ここまでは、人間の仕事。
さて。
この長いインタビューを、今度は番組にしなければならない。
全部再生して、
「ここ使おう」
「これは要らんな」
と、一から探していくのか。
そこでまた、チャッピーの出番になる。
次のCHAPTERは、「34分のインタビュー、全部見る?」。
CHAPTER 03
34分のインタビュー、全部見る?
03-1
撮れた。さて、ここからが長い。
カメラを止める。
いい話も聞けた。
高校生も頑張った。
「よし、撮れた。」
ここまではいい。
問題は、その後だ。
先っぽラジオで使うのは、撮影したインタビューの全部ではない。
どこを使うか決める。
話の順番を考える。
必要なところを抜き出す。
そこから番組として組み直していく。
たとえば、第5回に出演していただいた石口先生へのインタビュー。
収録時間は約34分。
34分と聞くと、それほど長く感じないかもしれない。
でも編集する側から見ると、話は違う。
03-2
34分の映像から、「使うところ」を探す。
再生する。
話を聞く。
「ここ使えるな」と思ったら止める。
時間を確認する。
メモする。
また再生する。
「あ、さっきの話とこっちの話をつないだ方がいいな」
と思ったら、また戻る。
確認する。
つまり34分の素材だから、34分で終わるわけではない。
構成を考えながら見れば、何度も同じところを見る。
前へ行ったり、後ろへ戻ったりする。
しかも、映像を見ながら同時に、
「この話を番組のどこで使う?」
まで考えなければならない。
これまでは、それが普通だった。
03-3
「これ、先に文字にしたらええんちゃう?」
いきなり動画を切るのをやめる。
まず、インタビュー動画から音声を取り出す。
その音声をチャッピーへ渡す。
そして、話している内容を文字にする。
石口先生の約34分のインタビューは、
5,565字のテキストになった。
映像だったものが、文章になった。
これだけなら、
「AIで文字起こししました」
という話で終わる。
でも、僕にとって重要だったのは、文字起こしが速くなったことではなかった。
素材の扱い方そのものが変わった。
03-4
34分の映像は、一目では見渡せない。
30分先に何を話しているか確認したければ、そこまで移動して再生する必要がある。
「あの話、どこやった?」
と思ったら、タイムラインを探す。
実際に音を聞いて確認する。
でも、5,565字の文章なら違う。
スクロールできる。
検索できる。
前後をすぐに読める。
離れた場所にある二つの話を比べることもできる。
何より、
インタビュー全体を「内容」として眺められる。
動画の中に閉じ込められていた34分間の会話が、考えるための材料になった。
03-5
AIが「見る代わり」をしたわけではない。
AIに音声を渡して文字起こしした。
だから、
「もう動画を見なくてもいい」
という話ではない。
文字起こしが間違っていることもある。
固有名詞を間違えることもある。
話し方のニュアンスや間、表情は文字だけでは分からない。
最終的には元の映像を確認する。
だからAIに、
「34分の動画を見る仕事を全部やってもらった」
わけではない。
変わったのは、その前だ。
今までは映像を再生しながら、
「何を話しているか」
と
「どこを使うか」
を同時に考えていた。
それを分けた。
まず、何を話しているのかを文字で考える。
使いたい話を決める。
その後で映像へ戻る。
一つの仕事を、二つに分けた。
03-6
動画編集なのに、動画を見ずに考え始めた。
やろうとしているのは動画編集だ。
最終的に作るものも映像。
使う素材も映像。
なのに、編集の最初に見ているのは文章だった。
5,565字の文字起こしを読みながら、
「この話は残したい」
「ここはなくても伝わる」
「この話を先に持ってきた方が分かりやすい」
と考える。
この段階では、まだ映像を切っていない。
DaVinci Resolveのタイムラインにも触っていない。
でも頭の中では、もう編集が始まっている。
映像を切る前に、内容を編集している。
ここで初めて、
「AIを動画編集に使う」
という言葉に対する僕の感覚が変わった。
03-7
AIに動画編集をさせたいわけじゃなかった。
AIがいい場面を選ぶ。
AIが勝手に短い動画を作る。
そういう技術もある。
でも、僕が欲しかったのは少し違った。
どの話がおもしろいか。
この番組で何を残したいか。
高校生が聞いたこの言葉を、どこで使うか。
そこまでAIに決めてもらいたいわけではない。
判断は自分たちでしたい。
ただ、その判断をするために毎回34分の動画の中を行ったり来たりする必要はない。
映像を一度、文字という別の形へ変える。
そうすれば、人間は「何を残すか」を考えることに集中できる。
AIが答えを出したのではない。
人間が考えやすい形に、仕事を変換した。
この違いは大きかった。
03-8
そして、もう一つ思った。
「ここを使う」
「ここはいらない」
と決められる。
だったら。
その文章と、元の映像の場所が対応しているなら――
使う文章を選んだ時点で、映像の使う場所も分かるんちゃう?
わざわざ文字で構成を決めたあと、
もう一度DaVinci Resolveを開いて、
「このセリフ、映像のどこや?」
と探し直す必要はあるんだろうか。
ここで、また一つ仕事のやり方を変えてみることにした。
次は文字起こしを「読むため」だけには使わない。
編集そのものに使う。
次のCHAPTERは、
「映像を切る前に、原稿を切る。」
CHAPTER 04
映像を切る前に、原稿を切る。
04-1
文字で決めたのに、また映像から探す?
これでインタビュー全体を文章として読める。
「ここは使いたい」
「ここはいらない」
「この話を先に持ってこよう」
構成も、映像を見るよりずっと考えやすくなった。
ここまではCHAPTER 03の話。
でも、実際に編集しようとすると、もう一つ面倒なことが残っていた。
文字で使うところを決めても、最後はDaVinci Resolveを開いて、
「このセリフ、映像のどこや?」
と探さなければならない。
せっかく文章で場所を決めたのに、また映像の中から同じ場所を探す。
そこで思った。
**これ、二度手間ちゃうん?**
04-2
「先に言葉切ったらええんちゃうん?」
タイムラインに素材を置く。
再生する。
必要なところにイン点とアウト点を打つ。
不要なところを削る。
それを繰り返して構成していく。
でも、僕らの手元にはもう文字起こしがある。
だったら、
映像を切る前に、文章の方を切ればいい。
残したいセリフを決める。
いらない部分を外す。
順番を考える。
つまり、映像編集の構成を文章側で先に作ってしまう。
4コマでチャッピーが、
「え!映像ちゃうの?」
と驚いているけど、発想としては本当にそんな感じだった。
やろうとしているのは動画編集なのに、最初に切るのは動画ではない。
言葉を切る。
04-3
文章と映像を、もう一度つなぐ。
文字起こしされた一つひとつの言葉が、
元動画のどの時間に対応しているのか。
そこをつなぐ必要がある。
文字起こしには、話した内容だけでなく時間の情報を持たせる。
すると、
「このセリフを使う」
と決めた時に、
「元動画のこの時間から、この時間まで」
という場所も分かる。
ここまで来ると、やりたいことはかなり明確になった。
僕が文章を見て、
「ここを使う」
と指示する。
チャッピーは、その指示された言葉に対応する時間を拾う。
そして、その時間を使って元の映像から必要な部分を選ぶ。
理屈ではできそうだ。
問題は、
ほんまにできるんか?
だった。
04-4
「指示通り、セリフで映像選択しました。」
文章で使用箇所を決める。
その文章に対応する元動画の場所を特定する。
必要な映像を切り出す。
僕が欲しかったのは、
「AIさん、おもしろいところを適当に選んで」
という自動編集ではない。
どこを使うかは僕が決める。
チャッピーには、その判断を実際の映像へ反映する作業を手伝ってもらう。
しばらくして、
「指示通り、セリフで映像選択しました。」
と返ってくる。
こっちは、
「ホンマかぁ?」
である。
文章を選んだだけで、本当に元の映像が選ばれているのか。
実際に確認する。
選んだセリフの場所が、映像として切り出されている。
ここで、動画編集のやり方が一段変わった。
04-5
AIが編集した。でも、AIに編集を任せたわけではない。
結果だけを見ると、
「AIで動画を自動編集した」
ように見える。
でも、実際にやっていることは違う。
何を残すか考えたのは人間。
どの話を使うか決めたのも人間。
番組としてどういう内容にするか判断したのも人間。
AIがやったのは、
その判断を映像へ変換する作業。
つまり、
「AIに編集を任せた」
のではなく、
人間が編集を考える場所を、タイムラインから文章へ移した。
僕にとっては、この違いがかなり大きい。
04-6
「え!俺やることないやん!」
これまでなら、ここへ来るまでに僕がDaVinci Resolveの前でかなりの時間を使っていた。
素材を見る。
場所を探す。
切る。
また見る。
また探す。
それが、かなり前の段階で終わっている。
思わず、
「え!俺やることないやん!」
となる。
すると4コマのチャッピーは言う。
「修正はタカシの仕事」
その通りだった。
04-7
最後は、DaVinci Resolveへ戻る。
実際には、ここから僕が見る。
切る位置は自然か。
話と話の間はどうか。
表情をもう少し残した方がいいか。
テンポはどうか。
別のカメラを使うか。
画をどう見せるか。
音はどうするか。
必要なら切り直す。
最終的な編集はDaVinci Resolveで仕上げる。
ここでは、また人間の感覚が必要になる。
0.5秒長く残した方がいい。
ここは少し間があった方が伝わる。
この表情は切りたくない。
そういう判断は、文章だけを見ていてもできない。
だからチャッピーの、
「修正はタカシの仕事」
は、オチであると同時に、この仕組みの説明そのものでもある。
04-8
AIに仕事を取られたのではなく、仕事の場所が変わった。
「考える仕事」と「探す仕事」と「切る仕事」が混ざっていた。
映像を見ながら考える。
使う場所を探す。
場所が見つかったら切る。
また考える。
それを一つのタイムラインの上で全部やっていた。
でも、この方法では違う。
まず文字にする。
文章で考える。
人間が使うところを決める。
AIが映像の場所へ戻す。
最後に人間が映像として仕上げる。
仕事を分解して、
人間がやった方がいいところと、AIに任せた方がいいところを組み直した。
その結果、僕の仕事がなくなったわけではない。
僕が時間を使う場所が変わった。
映像の中からセリフを探す時間より、
何を残したいかを考える時間。
機械的に切る時間より、
最後の映像を良くするための時間。
そっちへ時間を使えるようになった。
04-9
たぶん、AIとの仕事でおもしろいのはここだ。
「これは何ができる?」
と考える。
もちろん、それも必要だ。
でも僕らの仕事では、逆から考えることが多い。
「この面倒な作業、別のやり方にできへん?」
今回もそうだった。
動画編集AIを探したところから始まったわけではない。
34分の映像から使う場所を探すのが面倒だった。
文字にしてみた。
文字なら構成を考えやすかった。
だったら、その文字から映像まで選べないかと思った。
必要になったから、AIの仕事が生まれた。
AIにできることから仕事を考えたのではなく、
仕事の困りごとから、AIにやらせることを決めた。
これが、僕とチャッピーの仕事の進め方になっている。
04-10
でも、まだ番組は完成していない。
使いたい話も決まった。
映像も編集できた。
でも「先っぽラジオ」は、インタビュー映像を短くするだけの番組ではない。
高校生がその人の話をどう受け取ったのか。
どう紹介するのか。
どう番組として届けるのか。
今度は、それをラジオの原稿にしなければならない。
ここでも、まずチャッピーが書く。
そして――
もちろん、それで完成ではない。
次のCHAPTERは、
「AIが書いて、人間が完成させる。」
CHAPTER 05
AIが書いて、人間が完成させる。
05-1
映像ができても、まだ終わらない。
音声を文字にした。
文字を読んで構成を考えた。
使うセリフから映像を選んだ。
DaVinci Resolveで修正して、インタビュー映像も形になった。
かなり完成に近づいた。
でも、「先っぽラジオ」はまだ完成していない。
インタビューした人の話を、そのまま流すだけの番組ではないからだ。
高校生がその人と話して、
何を知ったのか。
何がおもしろかったのか。
それをどう紹介するのか。
今度は、インタビューを「ラジオ番組」に戻す仕事が始まる。
そしてここでも、チャッピーが入ってくる。
05-2
まず、チャッピーが原稿を書く。
どの話を使うかも決まっている。
ゲストについて事前に調べた情報もある。
つまりチャッピーの手元には、ラジオ原稿を作るための材料がかなり揃っている。
その材料から、番組の構成を考える。
オープニング。
ゲストの紹介。
インタビュー映像へ入る前の話。
映像を見た後の高校生のやり取り。
次のコーナーへのつなぎ。
エンディング。
そして、チャッピーがラジオ原稿の初稿を作る。
速い。
ゼロから僕が書くより、圧倒的に速い。
だからチャッピーは言う。
「ラジオ原稿、完成です!」
でも、僕らはもう知っている。
その「完成」は、
完成ではない。
05-3
原稿を、もう一度高校生へ戻す。
内容がおかしくないか。
話の流れは自然か。
実際のインタビューとズレていないか。
高校生が喋れる言葉になっているか。
必要なところを直す。
そして、高校生へ渡す。
ここが大事だと思っている。
AIで原稿を作れるようになると、
「だったら、そのまま読んでもらえば早いやん」
となりやすい。
確かに、その方が早い。
でも、それでは高校生は最後に原稿を読む人になってしまう。
先っぽラジオでは、高校生は出演者であると同時に、作り手でもある。
だから、
「これで喋れる?」
を高校生に返す。
すると、
「ここ、私らの言い方に変えたい」
「これはちょっと言いにくい」
「こっちの方がいい」
という話が出てくる。
そこで、また原稿が変わる。
05-4
AIが書いた文章を直すことは、AIの失敗ではない。
そう聞くと、
「AIの原稿がダメだった」
ように見えるかもしれない。
でも、僕はそうは思っていない。
最初から100点の原稿をAIに書かせることが目的ではないからだ。
ゼロの状態から、
「こんな構成で、こんなことを喋れば番組になりそう」
というところまで一気に持っていく。
そこはチャッピーが得意だ。
その後、
高校生が実際に口にする言葉へ変える。
現場に合わせる。
違和感を直す。
そこは人間が得意だ。
だったら、最初から仕事を分ければいい。
AIに100点を要求するより、AIの80点を人間が使える100点へ持っていく。
その方が、僕らには合っていた。
05-5
そして、収録する。
マイクの前に座るのは高校生だ。
チャッピーではない。
僕でもない。
実際に声に出してみると、また分かることがある。
文章では自然に見えても、喋ると長い。
言いにくい。
高校生らしくない。
逆に、原稿にはなかった一言が、その場で入ることもある。
笑う。
言い間違える。
誰かがツッコむ。
予定していたテンポと変わる。
でも、それでいい。
ここまで来ると、原稿は設計図であって、完成品ではない。
実際に人が喋ったものが、本番になる。
05-6
収録したら、また僕の仕事。
インタビュー映像。
高校生のラジオ収録。
必要な画。
音。
テロップ。
全体のテンポ。
それらを僕が編集して、一つの番組にする。
ここでもチャッピーに相談することはある。
でも、最終的に画面を見て、
「これでいく」
と決めるのは僕だ。
そして完成した映像を、高校生に見せる。
これでようやく、
「完成!」
……と思う。
05-7
「ここと、あそこは、これに変更したい!」
こっちは、当然かなり仕上げたつもりでいる。
ところが高校生から、
「ここと、あそこは、これに変更したい!」
と言われる。
僕は冷や汗。
4コマではオチになっているけれど、これも実は大事な工程だ。
僕が完成だと思ったから完成ではない。
チャッピーが完成だと言ったから完成でもない。
実際に番組へ出る高校生が見て、
「ここを変えたい」
と思えば、もう一度直す。
そして、もう一度見る。
OKが出たら、高校生がサムネイルを作る。
最後に僕がアップロードして、公開する。
ここでようやく、
先っぽラジオの一本が完成する。
05-8
誰が作った番組なんだろう。
高校生がゲストと話した。
僕が撮影した。
チャッピーが文字起こしした。
僕とチャッピーで構成を考えた。
チャッピーがラジオ原稿を書いた。
僕が直した。
高校生がまた直した。
高校生が収録した。
僕が編集した。
高校生が完成映像を確認した。
高校生がサムネイルを作った。
僕が公開した。
じゃあ、
誰が先っぽラジオを作ったのか。
高校生?
僕?
チャッピー?
たぶん、どれか一つではない。
05-9
仕事が、何度も行ったり来たりする。
高校生から始まる。
僕が受け取る。
チャッピーへ渡す。
チャッピーから戻ってくる。
僕が直す。
高校生へ戻す。
現場で新しい話が生まれる。
それをまたチャッピーへ渡す。
僕へ戻る。
最後にもう一度、高校生へ戻る。
高校生 → タカシ → チャッピー → タカシ → 高校生 → 現場 → チャッピー → タカシ → 高校生。
何度も往復する。
一見すると面倒に見える。
でも、この往復があるから、一つの作品になる。
AIに全部任せれば、この往復は減らせるかもしれない。
僕が全部やっても減らせる。
でも、それでは先っぽラジオではなくなる。
05-10
AI Work Directorという仕事。
自分ですべての作業をしているわけではない。
逆に、
「AIに任せれば何でもできる」
とも考えていない。
仕事を細かく見る。
これは高校生がやった方がいい。
これは僕が判断する。
これはチャッピーにやってもらう。
ここは一緒に考える。
一度AIへ渡したものを、人間へ戻す。
人間が直したものを、またAIへ渡す。
必要なら途中でやり方そのものを変える。
誰に、何をやってもらうかを考えながら、一つの仕事を最後まで完成させる。
それが、僕とチャッピーが実際にやっている仕事だった。
あとから名前をつけるなら、
僕にとっての AI Work Director は、たぶんこういう仕事なんだと思う。
05-11
AIが番組を作ったわけではない。
「ChatGPTでラジオを作ってみました」
という企画ではない。
AIが番組を作ったわけでもない。
僕が一人で作ったわけでもない。
高校生だけで全部作ったわけでもない。
AIが得意なこと。
僕ができること。
高校生にしかできないこと。
それを組み合わせた結果、
これまでなら人手や時間の問題で難しかった制作を、実際に続けられる形にできた。
AIを入れたことで一番変わったのは、
何か一つの作業が自動化されたことではなかった。
「この仕事は、誰がやる仕事なのか?」を考え直すようになったこと。
それが、先っぽラジオを作りながら僕が一番感じている変化だ。
05-12
そして、これはラジオだけの話なんだろうか。
時間がないから。
専門家がいないから。
自分にはできないから。
そう思って、ずっと手をつけていない仕事。
たぶん、どんな現場にも一つくらいある。
全部をAIに任せる必要はない。
全部を自分でやる必要もない。
仕事を一度バラして、
人がやるところ。
AIがやるところ。
一緒にやるところ。
もう一度組み直してみる。
すると、今までとは違うやり方が見つかるかもしれない。
あなたの仕事にも、 「できない」と思っているだけで、 まだ組み直していない仕事はありませんか?
結局、チャッピーは何をした?
調べる。整理する。初稿をつくる。文字にする。探しやすくする。
そのたびに人が判断して、AIへ返して、また次の仕事へ進める。
この往復を何度も重ねることで、少人数でも、これまでなら手が回らなかったところまで進めるようになった。
先っぽラジオで変わったのは、制作そのものよりも、仕事の進め方だった。
そしてこれは、特別な現場だけの話じゃない。
地域の小さなチームでも、きっと使える。